極寒

2002年12月21日
 寒い。
 トウカエデの街路樹剪定である。
 2人で20本がノルマ。10時までで5本。「いけるかな?」と思っていたところで雨が降ってきた。
 冬の雨、大粒で本降りだ。手がかじかんで、幹が滑り何もできない。
 結局、監督EさんからのTELで中止。片付けをして、会社へ戻り、昼食。午後からは機械と道具の整備で時間を潰す。
 とにかく寒い。
 冬の雨は容赦なく降り続いていた。
 今週も終りだ。明日から連休。有馬記念でも買いに行こうかな?どうでもいいけど寝なきゃ。極寒と蓄積した疲労で、体はヘトヘトだ。
 公共系の植木屋はつらい。
 もっと技術をつけたいが、ままならず、空虚な日々が過ぎていく。
 建仁寺垣や光悦垣や石組や芸術的な植栽がやりたーい。
 お金の問題じゃないよな。
 私はなんの為に植木屋になったのだろう。
 年末は今年1年を振り返り、来年の身の振り方を考えよう。

暫定終了

2002年12月20日
 スキップシティが暫定終了した。土木の工事に追いついてしまって、これ以上前に進めないからだ。
 後は仕上げと清掃くらいだが、3人体制でここまで良くやってこれたもんだ。監督Eさんに感謝。
 来年の2月オープンとのことなので、全体ができ上がって、オープンしたら、1度来よう。つつじの咲く頃にだ。
 今はとにかく、腰が痛く、疲労が貯まり、休みたい・・・。
 肉体は限界を向かえている。
 明後日から連休、そして来週で正月休だ。
 今年貯まったストレスと肉体疲労をどう取るか?まったりと過ごして、身も心もリフレッシュさせてあげなければ。
 人生は光陰の如しというけれど、私もこの業界に入って、やっと9ヵ月。正直なにも進歩してないし、人間関係や仕事の内容で苦しい思いもしている。
 だが、「辞めるのは簡単。続けたり、入ったりするのは大変」と言っていた、造園学校のS川さんの言葉を思い出して、最低の目標期日までは頑張ろう。
 もう飽きてきちゃったんだけどさ。

やっちまった

2002年12月19日
 ダンプを溝にはめて、動けなくしちまった。作業も佳境に入った頃だ。監督Eさんもオート親爺も激怒。代わる代わる出そうとするが、出ない!
「もうだめか?」
と思っていたら、偶然大型のユンボが到着し、元受の監督の指示で、無事脱出。それでも30分はロスしただろうか?
 社長の耳に入ったら、またお小言か?減給か?
 とにかく、前のダンプが平気で轍をはずして通っているもんだから、私も安心して行ったのだが・・・。あのダンプは4WDだったのか?
 1週間に1回は、何かしら話題になる失敗をしでかす。しょうのない造園工・・もとい、一般作業員だ。イッパンサギョウイン・・・惨めな響き。なんの技術もなく、体を売って生きている人間みたいだ。実際そうなのだが。
 やっぱり、技術かアタマを売り物にしないとな、なんのメリットもない。禁治産者だって、偽名でいつでも一般作業員になれる。
 植木屋マイスター・・・遥かな世界の夢物語なのか?
 でも、私は必ず植木屋マイスターになる。
 それが私の人生の強烈な意志なのだ!

北風

2002年12月17日
 風が強いスキップシティ。寒くはないが、風は冷たい。おまけに私は風邪気味だ。
 今日もひたすら低木植栽。人数がいないもんで日数がかかる。途中で社長が様子を見に来た。監督K氏は「連日2人体制なもんで」とオーバーに報告しといたそうだ。「これじゃN建設に怒られちゃうな」とのん気にのたまう社長。
 それでも小人数体制の現場は続いて行く・・・。
 その後、営業A氏も手伝いに来たが、なんと現場手前の信号で事故。信号無視して来た女性ドライバーに突っ込まれたそうだ。警察も呼んで事故処理。結局A氏はあまり戦力にならず。午後、修理屋が代車を持って来た所でサヨナラだ。
 風が強い。
 鼻水が止まらない。
 こんな時の外仕事は辛い。
 ああーー、私はなんでこんな世界に首を突っ込んでしまったのだろうか?
 でもいいや。安行で’顔’になるまで頑張ろう。そうすりゃ、それだけで一流の植木屋だ!

神様お願い

2002年12月16日
 朝いち、以前植栽した街路樹の手直し。枝の暴れたオオムラサキの根が露出してしまっている。それの埋め戻しだ。
 午後からはスキップシティ。また数百本のツツジを植える。人手がないので担当営業のAさんも手伝ってくれた。
 休み時間にAさんからいろいろ身の上話や、現在の収入などの話を聞く。Aさんは、今の会社に入って5年。年収は前職の私より低い。やはり植木屋は収入は期待できないのか?「楽しみでやってると思わないと、出来ない仕事だよね」というのがAさんの結論だ。しかし、私の場合、若い独身男性でなければやっていけないほど収入が低い。Aさんも、前職までに貯めた貯金を全部吐き出してしまったとのこと。
 これじゃ、植○造園と○庭園研究所の資本金が貯められないよ・・・。
 今一番欲しいものは、植木屋の技術と資本金です。神様お願いします。今年のクリスマスに以上の2点を私に下さい。

稽古納め

2002年12月15日
 空手道場の少年部の稽古納めと忘年会があった。道場では手狭なので、体育館を借り、父兄参観も自由で、少年部の子供達に組手をさせる。演武もあり、これは高段者同士の組手と型。参観の父兄も組手の迫力にビックリしていた。大人も一通りの練習に付き合って、夜5時から大宮駅近くの居酒屋で忘年会だ。
 酒とカラオケで盛り上がったが、去年と違い2次会は辞退。明日があるからねえ。植木屋は2日酔いで仕事が出来るほど、軽作業じゃないもんで。
 と言うわけで、10時半には帰宅。11時には寝てしまった。
 午前中はBS2の「私のガーデニング」とNHK教育の「趣味の園芸」を見ただけで、寝ていた。「趣味の園芸」では、小品盆栽(ミニ盆栽)の特集をやっていて、参考になった。私のミニ盆栽ネット販売計画は、いつスタートするのだろうか?
 とにかく金がない。
 何かサイドビジネスで稼がねば、近々破産してしまう。
 お金に困っている、嘆きの植木屋でした。

2,000本のツツジ

2002年12月14日
 低木植栽が続くスキップシティ。人数をかけないので、日数がかかってしまっている。2,000本のツツジ(キリシマ・サツキ・ヒラド各種)を植えつづけている。腰が痛い。おまけに風邪。体調が悪くても、いつも通り働かなくては行けないのが、職人のつらい所だ。
 ひたすら小さな穴を掘り、植える。植えたところは次の穴を掘った土で埋め戻しながら、また植える。足で根の回りを踏み固めつつ、次のツツジへ向かう。ヒラドツツジが膨大なので、ヒラドツツジを見るとクラクラ目眩がしてくる。
 キリシマは何本か何故か狂い咲いていた。
 花芽も付いているので、春になれば美しいツツジの花が咲き乱れるのだろう。その頃に、この現場に来てみよう。
 通りかかる人たちも「木が入ると良くなるねえ」「きれいだねえ。花を見てみたいねえ」などと呟く人が大勢いる。
 「ヤマモモかあ。値の張る木を使うねえ」と言っていた土木職人のおっさんもいた。よく知ってるもんだ。ヤマモモは樹高3m、枝張り0.8mで34,000円と「緑のデザイン図鑑」に出ていた。今回のはいくらで出したのかは知らないが、樹高・枝張りとも図鑑と同じくらいだ。1本3万円以上の街路樹・・・金使ってんなア川口市。
 来年の春は、子供達を連れて見学に来よう。プラネタリウムや天文台、情報通信系の見学場所があるだろうから。
 そう、ツツジの花の咲く頃に。

低木植栽

2002年12月13日
 朝から矢名の頭に怒鳴られた。「嫌な日だ。まさに13日の金曜日」と思っていたら、その後は温和に仕事。助かったぁ。
 今日はヒラド・サツキ・キリシマの各ツツジを植える。隣の某造園会社は人工を沢山投入して、もう終りだ。女植木職人までいた。追い越された。
 我々は常に3人体制で、コツコツやっている。もう、スキップシティに入って12日目だ。いつ終わることやら・・・。
 なにしろ低木だけで2千本ある。今日は500本くらいしか植えてない。あとは植える場所に配っただけ。
 明日も同じ現場だが、派手に男っぽく一気にやってやるぜい!
 1日何本植えられるか、限界に挑戦したいものだ。
 某下請けの職人は1日500本植えるそうだ。夏の日の長い季節に、日の出から日の入りまでやればできるかもしれない。 600百本植えて威張ってやろうかな?
 明日も仕事だ。風邪をひいているので、風呂に入って、あったまって、酒飲んで、マネーの虎でも見て、はよ寝よ。

鍵が見つかった

2002年12月12日
 いきなり現場で、昨日植えた最後の1本のヤマモモに近づいてみると、私の落した鍵があった。
 良かった。
 本日は黒土を植樹帯に入れながら、鳥居支柱の番線巻きなど。疲れたぁ・・・。
 面子がいいので精神的な疲れは無いが、肉体がきしんでいる。昨夜、居間で何もかけずに寝てしまい、風邪気味だ。肺が痛い。労咳かも・・・働き過ぎだモンなア。前職の100倍は働いている。でもサラリーは半分。しかも日当。
 昼休みは「坪庭のすすめ」という本を読む。重森三怜の弟子と、京都の庭中心に写真を撮っている写真家の本だ。写真も庭も素晴らしい。解説もとても役に立つ。が、私は庭は作らない。ひたすら街路樹だ。公共の植木屋の悲しさか。
 スケジュール表を見ると、年末は個人邸の手入れが立て続けで入っているが、私の出番はあまり無いだろう。多分、平行して入っている街路樹清掃に回されそうだ。
 新人の悲しさ。1年間造園の勉強をして、今の職場に来て、早8ヶ月半。まるで進歩がないぞ。プロの厳しさを知ったことくらいか?
 作庭がしたい。
 今は何も造れないけど、造園がやりたい。

瓢箪から駒

2002年12月11日
 今朝、出掛けのTVの星占いでは、今日の運勢は最高のはずだった。
 勇んで仕事に出た。
 しかし、タンクに水を入れようにも、凍って水は出ず、午前中の仕事はさえない埋め戻しと整地。
 悲しい世界が充満していた。
 午後はヤマモモの立て込みで、なんか男っぽい、粋な世界を味わった。「正面はこっち」「もっと右に振って」「高いよ、高い」などと怒鳴りあって、ヤマモモを次々と植えていく。植木屋の醍醐味だ。
 5:30までかかって、やっと今日のノルマ達成。あたりは既に真っ暗だ。日は1年で1番早く暮れる。寒いのに心地よい汗がほとばしった。
 なかなかいい仕事ができたかな?と思い、自分の車に近づいてみると、鍵が無い!!
 鍵をどこかで落したらしい。パニックになって、女房やJAFに電話しまくる。しかし、解決策は無い。速やかに家に帰って、スペアキーを持ってくるのが最善の策とのこと。
 ウッゲーッ!!!!!!!!!!
 煙草も切らしていたので、煙草屋まで歩いて、バス停をはしご。安行近辺のバスは本数が少ない。完全に諦めていたら、バスが来た。
 東川口行きのバスに飛び乗り、東川口駅へ行く。しかし、寒い。作業着と長靴でバスに飛び乗ったのだ。どこかにこの体を温めてくれるところはないかと探してみると、東川口駅にも屋台の焼き鳥屋があった。天の恵みだ。とりあえず、鳥レバーと皮と鳥肉とモツ煮込みとニンニク入り白菜漬物と熱燗2本をやる。勘定はったったの1,800円・・・・安い・・・・そして、うまい!
 まさに、瓢箪から駒。
 いい店を見つけた。
 車では行けないが、なにかあったら、また寄りたい店だ。
 東川口の屋台の焼き鳥屋。40代後半くらいの、お姉さんがやってる店。
 お薦めです!
 明日は同じ現場なので、鍵を捜さなくっちゃ。

十日市

2002年12月10日
 12月10日は大宮氷川神社大湯祭、通称十日市の日だ。夜に家族で出かける約束をして出勤。
 今日も現場はスキップシティ。昨日の雪でドロドロになった現場を片付けて、鳥居支柱の番線結束とヤマモモの本結束をやる。番線結束は私の不得意種目。あえて挑戦し、5時までかかって、なんとか終えた。終わり頃には少しはうまく早くなった気がするが、プロの水準でいったらお話にならない。2級造園技能士のいい練習になった程度だ。やはり何百本もこなさなければ、プロの手は身につかない。厳しいもんだ。
 そういえば仕事中、隣の現場の造園会社の人から声をかけられた。この日記を読んでいるらしい。以前にも安行の某造園会社の方からメールをもらった。私のHPは(というよりこの日記)は大分有名になったらしい。言われてみれば開始8ヶ月で1万ヒットを超えている。ちょっとやばいな。赤裸々に書くのはやめようかな?でも、赤裸々だから面白いんでしょう?だからこれからも赤裸々に書いてやる!
 そうこうするうち、仕事も終え、6時に家路に着き、7時にバスで十日市に向かう。長男は昼も友達と出かけたそうで、本日2度目だ。ご苦労なこった。
 家族4人で杏アメや焼き鳥やたこ焼を食べ、射的や型抜きやゲームをやり、神社にお参り。
 「今年も1年ありがとうございました。来年も家族一同健康で幸せに暮らせますように。私の植木屋の道がまっとうできますように」

休日返上

2002年12月8日
 今日は完全休養日のはずだったが、空手の友人から電話があり、少年部の指導を変わらなければならなくなった。
 午前中は本を読んじゃ寝てというパターンで12時まで過ごす。TV(BS2)でガーデニングという番組を見て、団地のもちつき大会のもちを食べて、道場へ出かけた。
 道場で子ども達の稽古をみて、自主トレをやり、先生と話をして帰宅。もう5時を廻っている。
 うちでニュースを見て、発泡酒と赤ワインを飲んでいるうちに、いつのまにか寝てしまった。
 金曜日の穴掘りが効いて腰が痛い。
 肉体労働も大概にしないと続かないような気がしてきている。私ももう40歳だ。あと20年こんな調子で働けといっても無理だ。やはり頭を使って稼がなければ・・・。
 なんだか将来に向けて、不安がいっぱい広がっていく。こんなんでいいのだろうか?本当に大丈夫なのだろうか?
 この歳になって、日当制肉体労働者に堕ちようとは・・・。
 いろいろ考えると鬱病になりそうだ。

植木屋らしき者

2002年12月7日
 朝からオート親爺が休みで、急きょ社長のお供で個人邸の手入れ。
 それがどうでもいいような植木ばかりで、なんか変な感じ。豪邸しかやらない会社かと思ったら、そうでもないらしい。モミジとヒマラヤシーダとツバキとカイヅカとその他ヒバ系を数本。あっという間に仕事は終った。施主と話す社長は小さな植木屋の親方みたいで、やっぱしなんか変な感じ。
 午後からは、スキップシティでヤマモモの立て込みだ。こちらは典型的な公共系の仕事。クレーンを駆使して、私が駆け付けた午後から17本の高木のヤマモモを立て込む。面子は監督E&K氏と私。やはり若いっていい!仕事も軽快でバカのバッシングもなく、楽しい・・・。
 今日は植木屋らしい仕事を2つやって、なんか満足!いつもこうで、こういう面子で仕事ができれば、何も言う事はないのだが・・・。
 冷たい雨もなんのその。
 楽しい1日でした。

穴掘り一直線

2002年12月6日
 今日は穴掘りバカ一代。植穴掘りで1日が暮れた。
足腰・背中・腕・首・腹筋はボロボロだ。血便が出そうだ。こんな仕事ばかりで死んだ方がましだと心の底から思う。
 オレハイッタイナニヲヤッテイルンダロウ?
 20歳くらいのころ、3年くらい土方をやっていたが、あの頃の方がましだ。仕事はいい加減だったし、日当も最後は1万1千円だった(これ書いたな前に)。
 バブル景気の頃だったので、そんなに貰えたんだろうけど、明日が心配だったのは、今と変わらない。むしろ独身だったので、今より気楽だった。休みたい時休んでたし(これも前に書いたな)。
 ボーナスも数万円出た。今も雀の涙らしい。
 つまり私は家族を抱えて、10数年前の独身時代のその日暮しの生活に戻ってしまったのだ。
 しかも、バカ先輩のバッシング付き!
 あーーああーー、世の中での存在意義のかけらもない私。
 唯一の慰めは家族。
 惨めな生涯・・・。

才能って何?

2002年12月4日
 今日の仕事は鳥居支柱立て込み。40本の鳥居支柱を、オート親爺と2人で立てる。客土の下は全て砕石やガラ。ダブスコで地獄の穴掘りが1日中続く。そしてかけ矢打ちは若い衆の私の仕事。
 人生は重き荷を背負って長き道を行くが如し焦ってはいかん・・・まさにその通り。最後は腕が笑っていた。字も書けないほどに震えていた。
 ところで、最近評判の「元ちとせ」という人のCDをカミサンが買ってきたので聞いた。「わだつみの木」という曲がいい。TVのコマーシャルでも聞いた事がある。でも、はっきり言って、曲はレゲエだし、歌詞は私の作品の方がいい。
 才能って何?
 どうしたら、自分の適性を生かせるの?
 どうすれば、自分の好きな事で食っていけるの?
 どこに、本当の自分の住むべき世界があるの?
 才能って何?
 運?
 違うだろう。
 たゆまなき前進。
 たゆまなき工夫。
 たゆまなき継続。
 結実までの完璧なプラン。
 私の方が「わだつみの木」の作詞者より才能がある。CDを2枚出したが売れなかったけど。
 また、売りこみに行こう。
 それで儲けて、庭園研究で余生を送ろう。植木屋マイスター=庭師・造園家の道筋を作ろう。作詞家としては、年をとりすぎているしね。
 作庭家に転進するんだ、昔の歌詞を売って。
 元ちとせに歌ってもらいたい曲はいっぱいあるし。だって、彼女のCDもメインの曲以外はあんまりなんだもん。
 でも、私の頭は庭のことでいっぱい!
 人生はいつまでも、挑戦!!!
 美と夢を追い続けることが、私の人生の、全ての、存在意義なのだ。
 あとは、私の夢よりも命よりも大切な、二人の息子・・・・・。

土入れ

2002年12月2日
 スキップシティで土入れ3日目。3転ダンプで楽ちんお仕事だが、今日は暖かい。汗が滴り落ちる。
 オート親爺と2人で仕事をしていると、陽気のせいかほのぼのとしてくる。好々爺の親方と二人きりの植木屋にいるみたいで、理想に近い職場環境だ。
 16:30には仕事は終えられた。ダンプをコンパネに引っ掛けて、泥除けのフェンダーとラバーをぶっ壊してしまったが・・・。
 まあいっか。専務にも報告したし、試験も一段落だし、冬の夜長を庭関連、植木関連、写真関連の本でもよんで、純米吟醸酒「義左エ門」でも飲んで楽しもう。
 私には余裕と休息が必要だ。
 この8ヶ月、突っ走って来たからなあ・・・しみじみ。
 いよいよ1級造園施行管理士の実地試験日だ。準備は万端である。工事体験論文も問題点もその処置も完全なものを用意した、つもり。
 そのたの記述試験も安全管理で完璧、のはず。
 はてさて合格しているやらどうやら・・・。これで来年1年の私の動向が決まる。
 神様お願いどうか合格させてやっておくんなまし。お願いしますお願いしますお願いします!
 とにかく全力は尽くした。書くだけは全部書いた。あとは神のみぞ知るだ。お願いします!!
 そして夜はお楽しみの、熊専造園科28期生の忘年会。岩手からわざわざN公さんもやって来た。今日は八戸新幹線「はやて」の開通日だったので、盛岡も大変な人出だったとか。N公さんはバラ園から造園会社へ鞍替えして、藁ぼっちや雪吊りなどを作ったりして、とても楽しい植木屋ライフをおくっているとの事・・・うらやましい・・・。 I上さんは、いい職場仲間に囲まれて、とても楽しく仕事しているらしい・・・うらやましい。
 Y岡さんはいつのまにか職人から現場代理人にされて「とてもつまらない、植木職人になりたいのに」とこぼしていた。私も庭師がいい・・・。
 U沢さんは親方がやかましく、毎日仕事に行くのが辛いそうだ。右に同じ・・・。
 その他、シルバーで頑張っている人、月に何日か仲間同士で組んで庭仕事を細々続けている2班のK藤さんとハマちゃん。・・・楽しそうだなあ・・・。
 いろいろな道をそれぞれ歩んでいるが、みんな庭が好きだ。これからも一生この仕事にかける意気込みは、皆変わらない。
 したたかに飲んだ。あんまり飲んで酔って2次会のことは覚えていない。
 でも楽しかった。試験も全力を尽くした。
 まだまだ挑戦できる環境にいる自分を、ちょっとは見なおしてあげよう。

レレレのおじさん

2002年11月30日
 イチョウ剪定2日目。メンツは蛇蝎親爺、オート親爺、空手兄貴、私。途中で専務が様子を見に来て、ちょっと掃除を手伝ってくれた。監督E氏も来たが、すぐ帰る。蛇蝎の親爺も午前で上がり。変則的構成だ。
 私は出だしに木を1本だけ剪定し、後はひたすら掃除。冬だというのに、温かいせいもあって、眉毛から汗が滴り落ちる。真夏のような感じだ。
 とにかくも掃除掃除掃除。ほぼ1日中、熊手と箒でサッサカサッサカやっていると、レレレのおじさんになった気分だ。「おれかけれるか?どこまで行くのれすかぁ?」とか言いいながら、地獄の掃除当番だ。
 なぜこのような目に会わなければいけないのか?掃除嫌いだった私、自分の部屋などまともに掃除もした事などなかった私、学校の掃除当番なんかやった事もない私に、過去の怨念がたたっているのか?
 とにかく疲れた。うちへ帰って風呂に入ったら、そのまま眠ってしまった。明日は施行管理士の試験じゃないのか?監督E氏からもらった体験手記の文章、まだまとめてないぞ!
 へとへとだ。でも真夜中に起きだして、こうして日記を書いて、これから試験の最終仕上げをするつもり。明日は(今日は)頑張るぞ!
 それにしても、播磨の名人刃物研ぎ師に研いでもらった剪定バサミは良く切れる。ありがとう名人研ぎ師。次回の来訪もお待ちしてるよ。こうゆう名人職人と知り合いになれるのはいい事だ。
 レレレのおじさんも、いつか名人になれるのでしょうか?

一人でお気軽仕事

2002年11月28日
 今日は一人でN建設の現場の伐採残材の引き取り。パッカー車で現場へ向かう。N建設のお手伝いもいて、快適。
 2回ほど残材を捨てに行って、残りちょっとという所で、営業A氏から電話が入って終了。後はN建設でできるからとのこと。
 1時半に会社に戻り、畑の残材をパッカー車に積めこみ、3度目のゴミ捨てに行き、軽油を入れ、3時半に終り。一人仕事は気楽でいい。
 残りの時間は、会社のビニールハウスの補修。5:20帰路に着く。
 楽な1日だったな。
 でも、こんなんでいいのかね?

スキップシティ

2002年11月26日
 スキップシティという工事現場にて、植栽準備のための客土入れ。メンツは昨日と同じ。おおーー、気分がいいぜ!
 だけど仕事は単調。
 三転ダンプという、横に積荷が降ろせるダンプを2台借りてきて、ひたすら黒土を運ぶ。全部で19台分、38リュウベ運んで、土を均した。
 ふうっ、疲れた。
 出来あがったコンクリート縁石などを踏んづけちゃいけないので大変だ。
 明日も同じ仕事。
 明日はダンプを全部バックで入れなければならないので、よけい大変。
 今日はダンプの運ちゃんで1日が暮れた。
 明日も仕事だ。はよ寝よ。

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